月別アーカイブ: 2014年12月

子供が欲しいため婚活サイトと結婚相談所に入会した私

子供が好きで保育士になりました。女性ばかりの職場での出会いは、もっぱらコンパでした。学生時代を含めると結婚するまで100回位はコンパに参加したと思います。
保育士なので、コンパでは意外とモテました。母性愛がありそうとか、子供好きなのだと思ってもらえて、連絡先もよく聞いてもらえました。
ただ、結婚するまで男性と付き合ったことがなかったので、言い寄ってもらえたとしても、どうしたら良いのかがわからずにいました。また、男性を好きになるということがどういうことなのかがわかりませんでした。女性が好きだというわけではないのですが、好きになるということ自体がわかりませんでした。好きになると、どんな風に思うのだろうと、よく考えていました。
コンパに何回行っても、自分の思うような出会いがなく、婚活サイトと結婚相談所に入会することにしました。初めはfacebookの婚活サイトを中心にやっていたのですが、恋愛には向かないと思ったので、条件を満たした出会いならば良いのかもしれないと思って結婚相談所中心に活動することにしました。
初めてのお見合いは、あまり気に入らず、ダメでした。2回目のお見合いで、主人と出会いました。また次に会うことになり、3ヶ月で結婚が決まりました。入会していた結婚相談所の決まりで、2回目に会うことになれば、連絡先を交換する。二人きりで会ったときの感想を提出する、良ければ、3回目には結婚が決まります。そして、半年で入籍という運びになります。9月に出会い、3月には結婚しました。
どうしても子供が欲しくて、結局は好きという気持ちがどういうものなのかわからないまま結婚しました。
すぐに、子供ができました。つわりが酷くて、家事ができなくなりました。主人は、気遣ってくれましたが、些細なことでケンカするようになりました。出産すると、更にケンカは多くなりました。お互いに、理解し合わずに結婚し、妊娠し、何もかも急ぎすぎていたのかもしれません。主人とは、未だに頻繁にケンカします。ただ、以前と変わったのは、ケンカしても主人は話し合いに応じてくれなくなりました。もう、二人のこんな関係をあきらめているのかもしれません。

大学生の頃の誰にも言えない恋愛話。

誰にも言えない恋愛話です。
大学生の頃、キックボクシングジムに通っていた僕は趣味と実益を兼ねてスポーツクラブでアルバイトをしていました。
アルバイトをしていたスポーツクラブは22:00に閉館します。
会員さんが出払った後に、社員や受付の方は1時間程事務処理をするのですが、その1時間の間、誰もいないトレーニングルームで自主練習をさせてもらえました。
僕はそこでアルバイトの後、必ず身体を鍛えていました。
僕の他にもサッカー部の子やラグビー部の子が同じようにトレーニングをしていたのですが、木曜日だけ、シフトの関係でトレーニングをするのは僕1人でした。
ある木曜日、黙々と自転車を漕いでいると、受付でいつも見かけるパートのAさんがやって来ました。
受付の方とは、休憩部屋が一緒なのでそこで自然と話をします。
Aさんともそこで何度か会話をしたことがあるのですが、僕の印象としては「上品な年上の女性」といった感じでした。
Aさんは僕に、最近二の腕が弛んで来たので引き締め方を教えて欲しい。と言う様な内容で話し掛けて来ました。
正直、受付のなかでもダントツ好みの女性だったので、毎週木曜日にパーソナルトレーナーをすることを快諾しました。
それから僕は毎週木曜日が密かな楽しみとなり、Aさんとの会話も段々と親密なものに変わって来ました。
なぜ「密かな」楽しみだったのかと言いますと、Aさんが人妻だったからです。
特に疚しい訳では無いのですが、何となく後ろめたさがあり、他のバイト仲間にもトレーナーの事は内緒にしていました。
1ヶ月も過ぎた頃、たまたま近所のおいしいラーメン屋さんの話になり、これから一緒に食べに行こうと誘われました。
正直、夜遅い時間に主婦が大学生と晩御飯に行くなんてと、若干動揺しましたが、嬉しさが勝り快諾しました。
そこでAさんと身の上話を初めて聞くことになるのですが、Aさんは夫と2人暮らしの30歳子どもなし。
旦那さんは一回り離れた年上で、仕事から帰宅するのがいつも終電間近だそうです。
さらに、月のうち約半分は東京で仕事をするというサイクルで、今日はちょうど東京出張の期間だったそうです。
その話で合点が行った僕は、少し大胆になりその後飲みに誘ってみました。
Aさんとは結局、その日のうちにホテルで結ばれました。
その後、Aさんにどんどんとのめり込んで行くのですが、後ろめたい気持ちも膨らんでいき、かなり辛い日々を過ごしました。
Aさんはどのような感情で僕と接していたのかは、今でも疑問です。
結局Aさんとの秘密の関係は、Aさん夫婦が東京に引越すことが決まり、半年程であっけなく終了しました。
もちろん、諦め切れない僕は何度も東京へ行こうと試みたのですが、詳しい住所は教えてもらえず、そのうち電話番号も変更されてしまいました。
今でも東京に行った際は、Aさんらしき人物を無意識に探してしまいます。

「ああ、なんでこんな時に…」初デートの切ない思い出

私は生まれつき胃腸が弱く、極度に緊張したり、ストレスがたまったりすると、下痢をしてしまう体質でした。
子どもの時からそうでした。それが、私をどれだけ悩ませた事でしょう。
その日は、私の人生初のデートの日でした。その日のために、服を選び、バッグも、いつものくたびれた物はしまい、特別な日に使う事にしているちょっといいバッグを出しました。
珍しく、当日になっても私のおなかは静かにしていてくれていました。でも、分かりませんから、いざ、という時のために、おなかの薬も入れておきました。
彼が迎えに来てくれて、二人は出かけました。
朝から繁華街をブラブラ散歩します。彼との楽しい時間に、私はすっかり自分のおなかの事を忘れてしまいました。彼に、
「ねえ、何か喉が乾かない?」と言われて、ハンバーガー店に入り、冷たいジュースを飲みました。
昼には、喫茶店に入り、ごはんを食べました。それからすぐに店を出て、また歩き始めました。
そのまま真っ直ぐ行ったら、神社に続いています。
ここから先は、人通りもぐっと少なくなります。
その時です。私のおなかが何だかしくしく痛み出したのです。
「ちょっとちょっとー!」私はパニックになりました。
せめて、家に帰るまで、彼と、バイバイ、と、手を振るまで、何とか持ちこたえてくれ!と、心の中で必死に自分を励ましながら、耐え続けました。
しかし、痛みはどんどん激しくなって来ます。しかも、今歩いている所は、トイレもありません。
冷や汗が出て来ました。
「ごめんなさい、私、トイレに行きたいから、ちょっと戻ってもいい?」私は、やっとの思いで、彼に頼み繁華街に戻ってもらい、ゲームセンターのトイレに入りました。
出しさえすれば治まると思っていましたが、こういう時に、こういう場所で私のおなかは大爆発して、ずいぶん長い間トイレにこもってしまいました。出て来てからも、完全に調子が悪く、デートは切り上げになりました。彼とも、何となく疎遠になってしまいました。おなかの薬は、飲むのを忘れて、家でバッグから出てきた時に、ああ、何であの時これに気が付かなかったのか!と、悔やみました。
切ない初デートの思い出です。

いつの間にか幼馴染と恋愛

私は以前幼馴染と恋愛し付き合ったことがあります。
彼とは保育園が同じだったので、本当に小さいころからお互いを知っていました。
保育園では仲の良い友達で、小学校や中学校はバラバラになってしまいましたが、ずっとメールをしあう仲でした。ときどき他の友達も交えて、カラオケに行ったり遊園地に行くこともありました。けれど二人でデートのようにどこかに行ったことはありませんでした。
急接近したのは、高校生の時です。お互いに大学受験の勉強を始めたころで、塾のことなど勉強のこともメールで話すようになったのですが、たまたま希望する大学一緒でした。そのことがあって、塾のない日に会って、一緒に話すようになりました。ときどき一緒に夜ご飯を食べたりしました。
けれど私にも彼にも当時は付き合っている人がいたので、恋愛にはなりませんでした。
受験が終わり、二人とも第一志望の大学に合格し、同じ大学に通い始めました。一緒に帰ったり、食事をしたりする機会がぐっと増えたのです。
高校生までの制服がなくなり、私服の彼はなんだか大人っぽく、急に異性として意識してしまいました。彼も同じだったようで、メイクをしたり、香水をつけたりし始めた私を異性として見てくれるようになったようでした。
だんだん私の中で、幼馴染の彼のことを考えている時間が増え、「どうしてこの人と付き合えないんだろう」という疑問がわきはじめ、付き合っていた彼への気持ちが薄れていくのがすごくわかりました。自分でもはっきりそれがわかっていたので、付き合っていた彼とはお別れしました。
幼馴染に突然告白したらびっくりされるだろうし、拒絶されたらすごくショックなので、どう気持ちを伝えたらいいのかすごく迷いましたが、結局、大学の飲み会の後、酔ったふりをして、「手を繋ぎたい」と言ったら、すんなり「俺も」と言ってくれました。
その日に、両想いなことがなんとなくわかり、数週間後に彼から告白され付き合うことになりました。
時間はかかりましたが、彼と付き合えて本当に良かったです。運命の人だと思っています。

恋愛対象は、何故かみんな長男。

私が今までお付き合いしてきた人は、
何故かみんな長男です。

今まで4人の方とお付き合いして
4人目が今の旦那さんです。

長男だから好きになった。とかの理由は特に無いのですが
思い返すと何故だかみんな長男でしたね。

長男の魅力って何なんでしょうね?
私が末っ子なので頼れるお兄さん的な存在に憧れがあって
無意識にそういった方を選んでしまっていたのでしょうか?

初めての彼は、姉が一人いて同い年の人でした。
同い年だったので特にお兄さん的なものは感じませんでしたが
中学生時代は、生徒会に所属していたようです。
また、地元のボランティアにも所属していてリーダーシップがとれる人でした。
大勢の人間をまとめられる役なので頼れる存在ではありますね。

2人目の彼も同い年。
クリスチャンだったので週末は、教会で賛美歌の演奏をしていました。
小学生から大学生が演奏の係で彼が一番の年上だったので
まとめ役と言えばまとめ役でしたね。
教論を目指していたので、リーダーシップやまとめ役が問われる職ではありますよね。

3人目は2つ上の彼でした。
障害を持った弟がいて、小さい頃からお世話を手伝ってきたようでした。
これは、付き合っていく中で話してくれた事なので付き合った当初は、知りませんでした。
税理士を目指して資格取得に励んでいました。
責任感を問われる職ですし、目標に向かっている姿が印象的でした。

4人目は、今の旦那です。
11歳も歳が離れています。
付き合う時は、年齢の事もありますし
そこまで歳が離れている方とお付き合いするのが初めてだったので
別れたら別れただよなぁ~?
と今まで付き合ってきた中でわりと軽い気持ちで
交際をスタートさせたのが本音です。
交際当初は、結婚するとは全く思っていませんでした。
そんな旦那ももちろん長男。
学生時代からリーダー的存在で、
職場の後輩にも慕われる存在なようです。
さすがに長男エピソードが、
ここまで来ると波長か何かで無意識選んできたとしか言いようがありませんよね。

もしも、離婚や浮気をしたとして
私が次に好きになった人が居たとしたら
また無意識に長男を選ぶのでしょうか?
少し気になるところですね。笑

「好きです」≠「付き合う」を知った日

学生生活を終えて、会社に入社した時のことです。
当時、ヒモ状態の年下彼氏に嫌気がさしていました。
会社は入社式から約1ヶ月地方で宿泊研修がある為、研修後に別れを切り出そうと考えていました。
そして迎えた入社研修で同じ班になった大阪人の男性同期のY。とても気が合いすぐ仲良くなりました。
Yにも長年付き合っている彼女が居て、それぞれそお互いの恋人の愚痴を聞きあっていました。
そして研修が始まって3週間。地方での研修中の休日。
ひょんなことからYと二人きりで電車に。
楽しく会話をしていると、左側に座っていたYが突然「今、何時?」と急に私の左手を持って腕時計を覗き込み、そしてそのまま手を握られたのです。
「このままでいい?」と言われ握った手は離されることなく宿泊所に帰宅…。
しかし部屋に戻ってから、モヤモヤした気持ちが強くなりYを呼び出して「お互い恋人がいるんだし、私も彼氏とうまくいっていないから気持ちが揺らいでしまう。冗談で私にかまっているだけならもうやらないで」と話をしたのです。この時、すでに私の中ではYのことが好きになっていたので中途半端なことはしたくなかったのです。
すると「ごめん俺は彼女が大切だから、もうお前に対して変なことはしない」と言われいつもの仲に戻りました。
そして最終日。とある事で、Yと二人きりになり私が大泣きしてしまうとYが強く私を抱きしめました。
私もボロボロになった心で歯止めが利かなくなり「ごめん、本当はYが好きなんだよ」と伝えると「俺もお前のことが一番好きだ、彼女なんて関係ない」と言われキスをされ一線を越えてしまったのです。
今後どうするとは具体的に話すことはありませんでした。
Yは関西、私は都内。お互い恋人がいる。
でも別れ際「必ず会いに行くから」と強く抱きしめてくれたことを信じたのです。
そして「好きです」と改めて言われた言葉を信じたのです。
それから数日、私は彼氏と別れYとは毎晩のように電話していましたが、1ヶ月もすると連絡が少なくなり不安を感じ始めていたある日。
久々に連絡がとれたものの、Yが彼女とまだ付き合っていて別れるつもりがないどころか、私とのことは何もなかったようにしようとしていることが分かったのです。
怒りよりも悲しみが大きく、その後長く引きずりました。
私の中では「お互いが好き」=「付き合う」だと思っていましたが、「好きです」という言葉は決して付き合うこととは同じではないんだと厳しい現実を突き付けられたのです。
それ以降の恋愛では必ず「好きです」と言われても「それは付き合うということ?」と確認するようになりました。

好きになるキッカケはギャップ!

わたしが初めて本当の恋をしたのは、高校3年生のときでした。それまでは走ることが好きで陸上部に力を入れており、恋よりも部活や友達といることが大好きでした。それでいいと思っていましたし、高校ではもう恋愛はあきらめて友達を大切にしていくつもりでした。しかし、そんな気持ちは、わたしが高校3年生になり、高校1年生の彼が入部してきたことで変化しました。何人か入ってきた後輩の中に、背の高い彼がいました。最初から気になっていたわけではなく、最初はほかの後輩と同様「ただの後輩」だったんです。ただ、月日が経つにつれ、趣味が合い性格が合うので、「ただの後輩」から「仲の良い後輩」にへんかしていきました。三ヶ月経ったこの段階では、まだ好きという感情ではありませんでした。彼が「仲の良い後輩」から「好きな人」に変わったのは、半年たった秋ごろです。その日わたしは、お母さんとケンカをしてイライラしており、仲が良いからこそ気が緩んで彼に八つ当たりをしてしまったのです。彼に強い口調でイライラをぶつけてしまい、”しまった!”と思ったときにはもう後悔が襲ってきました。後輩に、年下に、何を言っているんだ・・・そう思って謝ろうとしたとき、彼が言ったのです。「気持ちが落ち着くなら、俺になんでも話してください」。その言葉を聞いたとき、なんだか胸が熱くなりました。後輩ですし、年下だから、とこれまでは彼を子ども扱いしていた自分がいました。しかし、その言葉を聞いたときに、彼のしっかりしている部分、頼りになる部分を見た気がして、「仲の良い後輩」から「頼りになる人」そして「素敵な人」「好きな人」と変わっていきまいた。今思うと、本当に単純なことですが、そのときのわたしにはとても衝撃的だったんです。彼のことを好きと自覚してからは、積極的にデートに誘ったり、好き好きアピールをしました。もともと積極的な性格なので、押して押して押しまくりました。その結果、わたしの卒業1ヶ月前に彼から告白してもらい、無事付き合うことが出来ました。付き合ってしばらくしてから、わたしが好きになったきっかけを彼に話しましたが、彼は自分が言ったことを覚えていないようです。それでも、わたしは彼を好きになったその初心を忘れず、これからも彼と仲良く付き合っていきたいと思います。

恋人と婚約者は果たしてイコールか。

恋愛と結婚。タイトルの通り、これはイコールで結ばれるものなのか、ということについて熱く書いていきたい。

私は今現在、5年10ヶ月お付き合いしている男性がいる。その男性とは学生時代に趣味である音楽を通じて知り合い、お互い深い仲となり、交際が始まった。付き合った当初はお互い自分の生活を軸にデートや、お泊りといった交際関係であった。

そんな淡い恋愛も段々と淡いとも言っていられなくなり、気付けば5年10ヶ月もの歳月が経っていた。まだ実際のところ結婚を急かされる年齢ではないのが事実ではある。だが、周りでは結婚の話もちらほら耳にする。もし自分が結婚するとしたら…と考えてみると、恋愛経験が少ない私としては、今の彼しか想像ができないわけだ。

そこで考えるのが価値観である。今の彼はとても器の広い人で、私のこともとてもよく理解してくれている。喧嘩もしょっちゅうだが、その度にお互いきちんと話し、和解している。二人でのルールとして、喧嘩したらきちんとお互い嫌だと思ったことを言い合うようにしている。だが、結婚という文字を頭に浮かべた時、私の中で彼でいいのかと思ってしまったのは、お金に関しての価値観である。

私は結婚して一緒に住むとしたら、今は貯金もないので、狭くてもそれなりに生活ができて食べていけるワンルームの社宅でも良いかなと考えている。だが、彼は広い家で、できれば犬も飼いたくて、食事もちょっと豪華なものを毎日食べられるような生活をしたいと言う。ここで私は感覚、価値観の違いがあるのだな、と感じてしまった。

私が言いたいのは、お金はなくても愛があればそれだけでいい、と言った考えなのだが、夢を見過ぎなのだろうか。結婚と恋愛を結びつけようとして考えたとき、私はどうしてもそこの価値観が気になってしまう。彼とは一緒になりたいけど、このままの価値観でいったら将来は不安だなぁと思う。好きな人と結婚するにはお互い歩み寄ることが必要なのだろう。まだまだ私には先のことのように思えてしまう結婚であった。

幸せだったけれど、許されない恋愛

私が10年ほど前にお付き合いしていたのは既婚者でした。当時私が働いていたレストランの常連様。彼は単身赴任中の身で、奥様と子どもとは別々に住んでいました。毎月一度は帰るようにしていると言っていましたが、重要なポストについていたこともあって帰れないときもあるようでした。
彼は私より20歳以上も年上で結婚していることも知っていたので恋愛対象としては全く考えていなかったのに、いつしか一緒に過ごす時間が幸せに思えるようになっていきました。
私が彼と特に親しくなったキッカケは絵画でした。お互い美術館に行くことが好きで、しかも好きな作風も似ていたので、自然とそういった話で盛り上がるようになりました。あるとき、近くで大きな企画展が開催されることになりました。田舎なのでこんな機会はめったになく、行きたいななんて話しをしていたら、彼がチケットを手配してくれたんです。そしてぜひ一緒に行きましょうと誘ってくれました。
当日は美術館に行って、素敵なレストランにも連れて行ってくれました。そして、そのまま彼の家にお泊り。
自分がまさかこんな状況に陥るなんて思っていませんでした。絶対に駄目だと思う反面、止められない自分もいて。彼の部屋に置いてあった、少し不恰好なツルの折り紙は子どもがプレゼントしてくれたものなんでしょうね。を見るたびに罪悪感にとらわれました。いけないと思いながら彼の家に通う日々は、幸せだったけれど辛かったです。
いつか彼にはっきりと言われたのは「僕には帰る場所があるから」ということです。彼には待ってる家族がいるし、私とは遊びだと宣言していました。私もそれを承知していたんですけどね。彼のことを奥様や子どもから奪うつもりはまったくなかったし、いつか終わらせなくちゃいけないと思っていました。
当時、私はちょっと色々あって人生のどん底にいたんです。誰でもいいからギュッと抱きしめて欲しかった、なんていうのは言い訳ですよね。
結局彼が再び転勤になり関係は終わりました。彼が転勤することを聞いたとき、寂しいというよりもホッとした気持ちのほうが大きかったです。それ以来一度も連絡を取っていません。
この思い出はもう封印です。

好きだった人から、興味のない人へ

私には、すごく好きな人がいました。
その人はとてもかっこよく、モテていました。
そんな人と一緒に過ごせる日々がすごく幸せだったけど、彼には他にも会っている女性がいました。
そんなこと知っていたけれど、私の立場は彼女ではなく、彼にとっては会っている女性の中の一人なんだなと思っていました。
それでも彼を誰にもとられたくなかったし、彼に振り向いてほしい、彼の支えになりたいと言う気持ちで一生懸命でした。
彼と会いだして一年が経ち、彼は東京に行くことにしたと言っていました。
そして、私に一緒に東京に来てくれないかと話してくれました。
彼からの誘いの話、私にとってはすごく嬉しい話だったし、幸せなことでした。
でも、色々と考えると、私は彼と付き合っていない、彼の元カノは東京にいる、彼は元カノを引きずっている、もし、彼と東京に行ったとして、彼が元カノに会ってうまくいったら、私なんかもう用なしになってしまうなどと色々なことが頭によぎり、彼には嬉しい話だけど、東京に一緒に行けないと話しました。
それから彼は東京に行き、私には彼氏ができました。
彼氏は彼と同級生で、何度か飲んだりもする仲でした。
そんな関係気まずくないわけもなく、彼氏には色々と彼のことで周りから言われたりと迷惑をかけました。
彼が一時帰省で東京から帰ってくると噂に聞いた時も、彼氏にはすごく不安を与えてしまったりもしました。
東京に行った彼からメールや電話も来ましたが、彼氏ができたこと、真剣に彼氏と付き合っていることなどを話、彼が周りに私のことを悪く言っていたことなども聞いたので、そのことについても話たり、もう連絡をしないでほしいとも話しました。
それからも何度か彼から連絡は来ましたが、彼氏に話すと不安になるので話さず、ひたすらシカトをしていました。
完全に東京から帰ってきた彼と、たまに地元で出くわしたりもするけれど、私はあからさまにシカトをしていますし、もう関わらないようにしています。